東京競馬場

 府中の中心市街に連続する緑地帯の一部を構成する東京競馬場は、府中を全国的に有名にしている数あるもののうち、最たる施設であることは間違いないでしょう。

 JRA(日本中央競馬会)の前身となる東京競馬倶楽部は1910年に認可され、現在の目黒区に競馬場を持っていましたが、ほとんどが借地でした。1920年ころには所有者が地代の値上げを申し込んできたため、もともと手狭で拡張も不可能な目黒から撤退し、郊外に新たな競馬場をつくることになりました。数箇所の候補地のなかから府中が選ばれたのは、風光明媚で馬の飲み水となる良質の湧水が豊富だったからだといわれています。もっとも、競馬場敷地となったあたりの耕作地に供給する農業用水が減少したことや、当時私鉄だった南武鉄道が旅客収入を得たいと画策したこと、競馬倶楽部から府中町に払われる寄付金が目当てだったなど、様々な思惑が入り混じり、また町民も賛成・反対に分かれ妨害工作なども行われたようです。

 現在の競馬場は、湧水が枯渇したものの、多くの樹木が植えられ、あるいは保護され、また芝生が広く敷き詰められています。競馬開催日以外の入場が制限されているのが残念です。今回掲載した写真は、競馬場の市民開放イベントのサマーフェスティバルの際および、春の日本庭園開放期間に撮影したものです。樹木の多くは競馬場建設の際に植樹されたと思われますが、「府中の名木百選」に選ばれているムクノキなど、以前からある堂々とした大木もあります。

 中でも有名なのは、馬場内にある、「大ケヤキ」でしょう。実際にはそれほど大きいとは言えない(よくある大きさの)この樹は第3コーナー付近にあり、根元には戦国武将の井田是政の墓所があります。過去いくつかの大レースで、この樹の陰から出てきた本命馬が故障で脱落することがあったため、呪いの存在を口にする人もいますが、実際には第3コーナーへ向かって下っているコースが、このあたりから上りに転じるために、馬に負担がかかることが原因だとされています。この起伏は、軍馬生産のために東京競馬倶楽部に肩入れしていた軍部が作らせたものだそうです。

 

 

中央のこんもりした場所が「けやき」。ちなみに見学を申請したけど断られました(^_^;)

 

 

 ところで、日吉神社といえば、競馬場の北側の府中崖線上に立つ小さな社ですが、かつては現在の競馬場本部近くにありました。競馬場建設のために1927年ころ、現在の場所に引っ越したといい、一般の人が立ち入れない本部施設近くの大木の林の中にひっそりと「日吉神社跡」の石碑が建っています。

 

東京競馬場

場所 府中市日吉町
交通 京王電鉄 府中競馬正門前駅 徒歩2分
またはJR南武線・武蔵野線 府中本町駅 徒歩5分
関連ページ 日本中央競馬会ウェブサイト

府中30景の風景 Mapionで場所を確認する。


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