三千人塚のエノキ

 現在の南町1丁目、5丁目、6丁目あたりにあった集落を芝間といい、府中宿から芝間へ向かう道を芝間道といいました。三千人塚は、この芝間道の途中、中央高速の少し北側にあります。

 1333年、鎌倉幕府を倒すべく上州から攻め寄せた新田義貞の軍勢と幕府の軍勢が府中で激しい攻防を行いました。これが分倍河原合戦です。このときの戦死者3000人がこの地に葬られ、この塚が立てられたとされており、ここから三千人塚と呼ばれました。1955年の発掘では4つの骨壷が出てきたのみで、1256年の年号が記された板碑もあるので、3000人の墓という説は定かではありません。

 古来から街道筋の塚には大きな木が植えられ、旅人の休息場となっていました。このエノキもそのような目的で植えられたものではないかと思います。もちろん、この樹そのものはそれほど老齢ではないようですが、近代に入っても、街道筋の休息場に人が木陰を求めた証ともいえるかもしれません。

 

三千人塚のエノキ

場所 府中市矢崎町2丁目21番地の2
交通 JR南武線・武蔵野線 府中本町駅 徒歩10分
樹のデータ 幹周2.5m 樹高約13.5m
所有者 (個人)
保護制度 東京都旧跡

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