クスノキといえば、巨樹になる樹の代表格。日本の巨樹ベスト10のうち、実に9本までがクスノキです。「となりのトトロ」に登場する、トトロのすみかの樹もクスノキでした。では、東京でいちばん大きなクスノキはどれか。1988年の環境庁調査では、谷中・大雄寺にあるクスノキだとされています。
千代田線・根津駅から歩くこと約10分。狭い2車線の言問通りを歩いていくと、下町情緒が近年人気の高い谷中に入ります。至る所に、黄色いノボリやポスターが、目につくどころではなくたくさんあります。何でも、大手マンション業者が巨大なマンションを建てるとのこと。場所によっては冬至の日照時間がたったの5分になるという話にはビックリ。
大雄寺は、その騒動の現場からあまり離れていないところにありました。言問通りを折れて谷中霊園に向かう道のすぐ脇。少しだけ奥まった場所に大きなクスノキが待っていました。幹周は6.2m。日本一の鹿児島県・蒲生の大クスの24.2mには遠く及びませんが、なかなかの太さです。太さ以上に気をひかれるのは、その葉の豊かさです。巨樹にありがちな、幹や枝の欠損がとても少ないのです。大雄寺の境内いっぱいに、のびのびと枝を広げる姿は気持ちのいいものです。大雄寺の境内はほとんどが墓地で、折り重なるように墓石があるのですが、このクスノキがあるお陰でまったく陰鬱な雰囲気を感じません。
しばらクスノキを見ていると、谷中巡りをしているらしいご婦人方が来ました。クスノキの根元にある高橋泥舟という人の墓が目当てだったようですが、このクスノキを見て感嘆の声をあげていました。「やっぱりこんな所にマンションを建てちゃいけないわよね」。
高木ともなると私たち人間より背が高いわけですから、大抵の場合は見上げることになります。見上げることによって、私たちは樹に対して畏敬の念を感じます。私たち人間の持ち得ない大きさや力強さ、命の永さ、豊かさがそこにあるからです。しかし、建築の高層化が進むにつれ、私たちは樹を見下ろすことを覚えてしまいました。私たち人間の多くは、視覚から対象物に対するイメージを作ります。見下ろしているとき、私たちは相手に対して敬意を持ちつづけることができているでしょうか。そうは思えません。
地上から見上げる大雄寺のクスノキは、純粋に人々に畏敬の念を与える存在です。しかし、この近くに高層マンションが建ち、その上から日陰になった街やクスノキを見たとき、見上げたことのないその人がどんな印象を持つのか、心配でなりません。
大雄寺の近くには、都指定天然記念物のシイがいる延命院や、同じく都指定天然記念物のシイがいる玉林寺があります。谷中界隈巨樹めぐりと決め込むのもいいかもしれません。